おもしろテレビ見逃しネタ辞典

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スーパードクターズ

天才脳神経外科医、食道がんのスペシャリスト、肺移植の第一人者、頚椎手術のトップドクター、水頭症のスペシャリストが登場。


・世界を駆け巡り 患者を救う/10年間悩まされた激痛 どの医者も手が出せない!

脳神経外科医の福島孝徳は1991年、単身アメリカに渡り患者の負担を最小限に抑える鍵穴手術を確立し世界中にその名を轟かせた。
彼の拠点であるデューク大学では彼の功績をたたえ専用の手術室が設けられている。
世界各地50か所の病院を巡り救った患者は2万4000人を超える。
アメリカの自宅には日本から助けを求める声が寄せられている。
その声に応えるため福島は年に数回、日本にやってくる。
今回は日本に16日間滞在し9病院を巡り50件の手術を行う。
福島は10年続く頭痛に苦しむ女性、脳に12cmの超巨大腫瘍がある男性などを救った。


今年74歳になった福島の情熱は衰える事を知らない。
大野記念病院で顔の痛みに10年間も苦しんでいる55歳の大森みゆきさんを面会した。
彼女に出来ていた腫瘍は舌咽神経梢腫だった。
腫瘍は直径10cmと大きくないが地元の医師達は出来ている場所が悪いと手術をためらった。
痛みを抑えるために15錠の薬が欠かせなくなった。
そんな時、テレビで福島医師を知りメールを送った。
腫瘍があるのは脳幹付近で枝分かれした神経を巻き込み痛みが生じていた。
迷走神経を慎重にかき分け発生源を発見した。


・10年間悩まされた激痛 どの医者も手が出せない!

舌咽神経梢腫の手術を行う福島孝徳は機能を失った舌咽神経ごと腫瘍を切断して手術を成功させた。
3ヶ月後、大森さんから痛みは消えていた。


・歩行障害・尿失禁・物忘れ 症状が悪化したら疑え/手術で治る認知症がある突発性正常圧水頭症!

認知症の患者数は462万人と言われ65歳異常の高齢者の5人に1人まで急増している。
認知症は今の科学では治せないと言われているが、突発性正常圧水頭症は手術で治す事が出来る。
人の脳は脳脊髄液で満たされ髄液は体内に吸収される。
だが、何らかの異常で脳を圧迫して障害を引き起こすのが水頭症。
いえまさ脳神経外科クリニックの脳神経外科医・張家正はこの病気があまり世に知られていない20年前から手術を行い、年間100件以上を執刀している。


入倉正さんは路上を転倒して以降、歩行障害が進みほとんど歩けなくなってしまった。
認知機能の低下も現れ、歩行障害が水頭症が原因と思われた。

礒部義正さんは今年になって転倒を繰り返すようになったため受診したところ水頭症を疑われ張を紹介された。
笑顔で接し患者が何を悩んでいるのかを聞くのが張の診察スタイル。
一番困っている歩行の問題に自ら見本を示し歩行チェックを行った。

突発性正常圧水頭症は足をハの字に開きすり足になるのが特徴。
異常は突然現れ急激に歩くのが困難になったという。
認知症テストの結果、30点満点中20点以下で認知症の疑いが高まった。
水頭症は治る可能性があるのに見逃されがちだという。
西横浜国際総合病院で礒部さんは過剰にたまった脳脊髄液を腰から抜き症状が改善するか診るタップテストを行った。
髄液を抜いた事で症状が改善されれば手術で治る可能性が高い。

翌日、歩行テストを行うと杖を付きながらも驚くほどスムーズに歩く事が出来た。
張の行う腰椎・腹腔シャント術は脳室内に溜まった髄液を腰から抜きチューブで腹部に送り体に吸収させるというもの。チューブは体内に残す。


・手術で治る認知症がある突発性正常圧水頭症!

礒部義正さんの手術が始まった。通常は1時間以上かかるところ患者の負担を考え半分で行うという。
穿刺針を背骨に刺すチューブをお腹に回し髄液が体内へ吸収されるようにした。
礒部さんは目標の30分すらかからずに手術を終えてしまった。
術後1ヶ月、いえまさ脳神経外科クリニックに来院した礒部さんの歩行チェックを行った。
手術で体内に埋め込んだバルブは磁力で髄液を調整できるようになっている。
髄液を抜きすぎると脳内で出血する事があるで慎重な調整が求められる。
術後3ヶ月後、孫と砂浜で歩く礒部さんの姿があった。認知症の症状もなくなっていた。


・骨粗しょう症・圧迫骨折 術後1時間で歩ける!?

骨粗しょう症の患者は約1200万人、そのうち900万人が女性とされている。
聖路加国際病院に入院する行徳文さんは1週間前、深夜に転んでから寝たきりの状態で痛みに耐えている。
原因は圧迫骨折だった。1ヵ月以上寝たきりで安静にするのが一般的な治療だが高齢者の場合、その間に筋力が衰え認知症が進行してしまう可能性がある。
放射線科医の小林信雄が骨セメントという人工骨を注射器で埋め込んでいく手術を行うと翌日、行徳さんは歩けるようになっていた。
治療費は約18万円~25万円。


・肩こり・歩行障害・しびれ 脊髄損傷・脊椎狭窄を疑え

京都脊椎脊髄外科・眼科病院には首に不安を患者が日本全国から集まっている。
従来の手術法は後頭部から肩甲骨まで切開し30cmほどメスを入れる事があるため患者の負担も大きかった。
脳神経外科医の木原俊壱の手術法は切開するのはわずか3cm。
術後の治りも早い。

原田甲子雄さんは2年前から手のしびれがあり、去年11月に字が書けなくなった。
首の神経が1mmほどになり頚椎症性脊髄症にかかっていた。
首の後ろを大きく切る手術を行えば普通の生活に戻る事は困難だと言われた。
そんな時、娘さんが木原の著書を見つけた。
心臓に持病があり、循環器の医師から術中死の可能性もあるため責任は持てないと言われたが誓約書を書き手術を受ける事にした。


・3cmの切開で首の病を治す!

脊髄神経を圧迫している1番上の頚椎を削り、3番目から6番目の狭いところには人工骨を入れる。
だが3cmの切開部分から1番上の頚椎までは8cmほど離れているので大切な筋肉も傷つけられない。
脳に酸素や栄養を送る椎骨動脈が骨を削る部分から2~3mmまで迫っていた。
少しでも手元が狂えば術中死の可能性もある。
原田甲子雄さんは心臓に持病を抱えているため手術できる時間は3時間。
電気メスを入れ骨に付着している靭帯から筋肉を剥がし、水で冷やしながら着実に骨を削っていった。
4番目から6番目の頚椎はドリルで削るが、頸髄が硬膜と癒着し炎症を起こしており無理に引き上げれば傷つけてしまう。
骨を押し上げながら癒着した部分を丁寧にはがしていく方法を選択した。
先端が2mmのドリルで滑らかに削りK-スペーサーという人工骨を当てはめ手術が成功した。


・肩こり・歩行障害・しびれ 脊髄損傷・脊椎狭窄を疑え/たった3cmの切開で翌日には歩けるように!

肩のこりに悩む與儀博常さんは頚椎症性脊髄症で脊髄損傷を起こしていた。
頸髄はあらゆる情報が行き交う大切な神経で、機能しなくなると影響は手足にまで及ぶ。
一方、手術翌日の原田さんは車いすで入院した患者とは思えないほど元気に歩いていた。


・3cmの切開で首の病を治す!

原田さんは術後18日目で退院した。
與儀さんも無事手術が成功し頚椎が広がり痛みやしびれから解放されていた。
退院してから3ヶ月後の原田さんは畑仕事に精を出す毎日を送っていた。
しびれから字が書けなくなっていたが、回復し木原や娘さんへの感謝のメッセージを書いてくれた。
小椋佳は大津市民病院時代の木原の手術を受けた1人。


・血管を?で塞ぐ!?下肢静脈瘤 最先端治療

潜在患者1000万人以上といわれる下肢静脈瘤。
静脈には血液が逆流する事を防ぐための逆流防止弁がある。
それが立ち仕事・妊娠・出産・肥満・加齢などで機能しなくなると血液が逆流し血管の中に溜まってしまう。
弁が壊れた血管は修復不可能で血管を塞ぐ手術が必要になる。
これまで、血管を抜くストリッピング手術やレーザー治療が行われてきた。
しかし皮下出血などの後遺症のリスクもあった。
東京血管外科クリニックの心臓血管外科医・榊原直樹は血管内に医療用接着剤を入れ血管を閉じるスーパーグルー治療の第一人者。
治療は日帰りで行いグルーガンを注射し血管を押さえて接着、治療は最短10分で終了する。
治療から1週間後、小林隆さんの足はすっかりキレイな状態になった。
保険適用外だが需要は増え続けている。


・食道がん胸腔鏡手術 世界トップクラスの症例数

小澤征爾さんが大手術で乗り越えた食道がんだが、この病で命を失った有名人も少なくない。
食道の周囲には重要な臓器が密集しているため手術が難しい場所にあると言われている。
昭和大学病院の消化器外科医・村上雅彦は1996年、日本で初めて食道がんで完全鏡視下手術を行った。
切り口は小さくスピードが早く合併症も少ない。
食道がんの完全鏡視下手術の症例数では国内外でトップクラスだという。
がんになりやすい人の傾向は男性(女性の4倍)、55歳以上、喫煙者、アルコール多飲者が挙げられ、特に喫煙と飲酒が重なると確率が一気に数倍跳ね上がるという。


食道がんを患った小林康夫さんが昭和大学病院に来院した。
名医がいると紹介され村上の元にたどり着いた。
食道が左右の肺の間にあり、周囲の臓器を避けながらたどり着く。
この際、ポイントとなるのは食道のまわりにあるリンパ節でここにがんが転移していたらリンパ節も除去しなければならない。
その後、食道を摘出し胃を食道の代わりとする。反回神経を傷つけないように引っ張らず折り曲げないようにリンパ節が含まれた脂肪を切断し病理検査室が調査した。


・開胸・開腹なし 食道がんは胸腔鏡手術で治す

リンパ節に食道がんの転移はあるか手術と同時進行で病理医が検査をする。
15分で結果が出て、転移していた。
村上は首周辺のリンパ節の切除を決めた。
食道がみえ村上はスピードのギアを上げ、周囲の組織を剥離した。
自動縫合器を使い、手術時間を短くし体力を残すことを考えている。


次に腹部の手術が行われた。
食道と胃の一部を切除し、胃の形を変え食道の代わりとする。
横に切開し、小さな穴から器具とカメラを入れ、切開から村上が直接手を入れて行う。
体の外に食道、胃を引き出し腹の上で切除した。
小林さんのがんが取り出された。
最後に胃を細長い形に変え、食道の入り口と繋ぎ手術は終了した。
時間は4時間にも満たなく、出血量もわずかだった。


術後、村上は小林さんのもとへ向かい、声帯につながる反回神経に麻痺が出ていないか見ると、声が出て異常はみられなかった。
術後3週間、小林さんは胸につかえたとんかつも食べられるまでに回復していた。

・痛みの原因はもやもや血管 1時間で治す最新治療法

五十肩や関節痛に悩む患者は増加、痛みを解消する画期的な治療法は誕生している。
パイオニアの奥野祐次は整形外科で治らない痛みの9割以上は血管が余計に増えている結果だという。
もやもや血管は幹部に発生した新生血管で、レントゲンに映らないため、原因と考えられていなかった。
患者の藤本さんは肩が思うように動かせず、もやもや血管があった。
血管が作られると神経線維も誕生し、もやもや血管が炎症細胞を呼び込み、神経線維を刺激しているという。
治療は日帰りででき、カテーテルを使い痛みの発生部位に薬を入れる。
もやもや血管を詰まらせ、機能をストップさせる。
血管を減らすことで神経線維も減るという。1時間程で手術は終了した。治療費は27万円から。


・世界を駆け巡り 患者を救う

脳神経外科医・福島は来日以来、全国を駆け巡っている。
北海道・札幌では何本の神経を巻き込み激痛を生む腫瘍と格闘し複雑に絡む神経から痛みの元凶だけ取り去った。
鹿児島では脳の血管にできた4cmの動脈瘤と対決した。
福島流バイパス手術で、足の血管を使い独自のルートでバイパスを作った。
日本滞在16日間、50件のオペに取り組んだ。その福島に12cmの巨大腫瘍が現れた。


・突然死の恐怖に怯える 12cmの巨大腫瘍

愛知・額田の鈴木淳史さんは、1年半前から異変があり、脳中心部に巨大腫瘍があることがわかった。
舌下神経鞘腫は脳幹を半分以上押し潰していた。
医師からは無理に腫瘍を取ると後遺症が出ると告げられた。
医者から症状は福島先生の分野だと言われ、インターネットで連絡手段を探し、直接メッセージを送った。


手術は福島が提携している病院で行われた。
しかし事態は深刻で手術には2つのリスクがあった。
1つは首から後頭部にかけ巻き込まれた3本の神経で、舌下神経を傷つけると舌の動きが悪化するおそれがある。
もう1つは脳幹を傷つけると重大な後遺症が起こる。


手術開始、まず首から後頭部に広がる腫瘍を3本の神経を避け取り除く。
大きな腫瘍の横に副神経があった。
福島は袋状の腫瘍を開け、残り2本の神経のありかを探った。
福島は中に迷走神経、舌下神経を見つけた。
福島の頭には神経地図が叩き込まれ、目に見えない神経を見つけ出すことができる。
福島は後輩の医師に神経の大事さを伝えたながら術を行った。
迷走神経が出るが、腫瘍が張り付いていた。
迷走神経は内蔵の動き、知覚を司り、心臓にも繋がっている。
首の部分の腫瘍が取り除かれた。再発防止のため一欠片も残さないよう探した。

次は脳幹の腫瘍へ。
頭蓋骨に小さな穴を空け腫瘍を除く。
頭蓋骨の下に硬膜が現れ、ここに脳へ行く入り口を作る。開けると副神経が現れた。
さらに舌下神経が隠れていた。
腫瘍が見えると福島はアリゲーター鉗子で腫瘍を細かく取り出した。
腫瘍の中に細い血管が隠れていた。
脳の奥深くでは細いものでも切れば後遺症の恐れがある。福島はハサミで腫瘍を削ぎ落とした。

・突然死の恐怖に怯える 12cmの巨大腫瘍/見事に巨大腫瘍は消えた 夫婦の新たな人生が始まる

脳神経外科医・福島孝徳氏による腫瘍摘出手術の様子を紹介。
腫瘍は命の中枢である脳幹に癒着していた。
福島氏は脳幹を傷つけないように細心の注意を払いながら、巨大腫瘍を摘出した。

そして術後3か月、鈴木さんは元気な姿で福島氏と握手を交わした。
福島氏は「あと10年ぐらいできるんじゃないか。残り少ない私の人生を1秒たりとも無駄にしたくない」と語った。


・難聴の原因は鼓膜の穴!?手術はたった

鼓膜に穴が開いてしまう「穿孔性中耳炎」。
外傷や中耳炎が原因で、難聴や耳垂れという症状が表れる。
耳鼻科医・白馬伸洋はこの病を完治させる「鼓膜再生術」を編み出したドクターだ。
一般的には鼓膜形成術という方法で手術が行われ、1時間30分~2時間の手術時間と、約1週間の入院が必要になる。
しかし、白馬の「鼓膜再生術」は手術時間10分・日帰りが可能だという。
今回、手術を受けるのは中里悠起子さん。
シリコンの膜と2層になったコラーゲンで鼓膜の穴を塞ぎ、皮膚の再生を促す薬を染み込ませて手術は終了した。
10日~2週間で鼓膜は再生するという。
10日後、中里さんが再び白馬のもとを訪れてシリコンの膜を取り出すと、鼓膜は再生していた。
手術費は約5万円だった。


・画期的手術法を編み出す 肺移植の第一人者

岡山大学病院の呼吸器外科医・大藤剛宏は、世界初の試みに次々と挑み、肺移植の手術に新たな道を開いている。
その背景には、移植できる肺が圧倒的に足りない現状がある。
この病院では、全国から肺移植の希望者を受け入れ、日本一の症例数を誇っている。
今年5月には、日本最年少の肺移植に挑んだ。番組のカメラは、その現場に立ち会っていた。


・生まれてからずっと入院生活 1歳の女の子に肺移植

岡山大学病院の大藤剛宏医師の元にやってきたレシピエント(臓器受容者)は、肺高血圧症を患う1歳の女の子・はなちゃん。
生まれてすぐに病気が発覚し、母親は自分を責めたこともあったという。
日本では子どもの臓器提供が極めて少なく、1歳の子どもが肺移植を受けたことはない。今回は国内最年少のケースとなる。そして、手術当日がやってきた。

大藤剛宏医師が、国内最年少の肺移植手術に挑む様子を紹介した。
手術方法は大人と同じだが、大きさは全く違う。
大藤医師は糸のような神経を傷つけないよう気をつけながら、細い静脈・動脈や気管支を切断し、肺を摘出。はなちゃんは、小児心臓外科医・笠原真悟氏協力のもと、人工心肺に繋がれた。

一方、亡くなった男児から提供された肺はフラッシングという洗浄が行われ、はなちゃんの右肺の気管支と縫い合わせられた。
しかし、左肺の移植に取り掛かった時、気管支のサイズが合わないことが発覚した。

移植中にアクシデント、患者の気管支が口径7mmに対し、ドナーは4mmだった。

しかし大藤は気管支を縫い続けた。
片方ずつ縫いながらサイズを調整した。
大藤はこれまで海外留学を含め200人近くの肺移植を執刀し、新たな手術にも取り組んできた。そして新たな肺が繋がった。

・生まれてからずっと入院生活 1歳の女の子に肺移植/人生を180度変えた1歳の女の子に肺移植

新たな肺を繋ぎ、空気を送ると命をもらったように動き出した。

同じ子供からもらった肺には成長とともに大きくなる特徴がある。

6時間超の手術を終え、大藤は患者の父親に報告した。

術後3日、管が抜かれた。術後10日には管はなく、食事ができるようになった。

術後1ヶ月半で退院を迎えた。

母親はドナー家族に手紙を書いた。

サンクスレターは日本臓器移植ネットワークを介し感謝の手紙を送れる制度である。