おもしろテレビ見逃しネタ辞典

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緊急!公開大捜索SP

 緊急!公開大捜索’17夏

今回は記憶を失った2人の男性が自分のことを知りたいとやってきた。
名越康文の助言をもらい2人の過去に迫る。
青森の山中で倒れているのを発見された男性は過去の記憶が全て消えていた。
さらにもう一人記憶を失った男性が。
番組ではあらゆる角度からプロファイリング。
記憶喪失の解明に挑む。神谷広志八段から驚きの仮説が!
また前回の放送で身元が判明した男性が故郷へ。
彼を知る人物が。
失われた記憶を辿る旅の結末は?

・行方不明の青年…情報をお待ちしています

北海道・旭川市で当時13歳の佐藤智広君が行方不明となった。
2012年1月14日、姉弟喧嘩で母に叱責された智広君は家を出て消息不明となった

5年経った今も母は息子を捜し続けている。
母は女で一つで子どもたちを育てた。
智広君は現在18歳、特徴は眉間のアザ。


・「私はドコの誰なのか?」記憶喪失…情報を求む!

今回は記憶を失った2人の男性が自分のことを知りたいとやってきた。
まず北海道・旭川市で失踪した佐藤智広さんの情報を求めた。
電話の宛先、公式HPへの情報提供を呼びかけた。


・「私はドコの誰なのか?」記憶喪失…推定49歳男性

青森・十和田市の老人ホームぷちようかで働く田中一(仮名)さんは記憶喪失となり8年。
太陽が駄目で普段は長袖、昼でもカーテンをしめているという田中さんが8年前に保護された場所へ向かった。
2009年6月3日に歩道で倒れていたところを発見された。
保護されたあと病院に搬送、外傷や脳の異常はなし。
しかし心因性健忘と診断された。当時の所持品は青森銀行のテレフォンカードなどわずか。


あれから8年。

仕事への意欲、職員の信頼もあるが記憶だけがない。
当時の様子を洗い直し、発見されたジャンパーをたよりに花王本社へ取材。
ジャンパーは花王関連会社のものだったが田中さんを知る人はいなかった。
ジャンパーは卸売店や配達員などにも配られたという。
田中さんは配達ドライバーをしていた可能性がある。
ドライバー説を検証することに。


来ていたジャンパーから記憶喪失の田中一さんはドライバーだった可能性があり、十和田自動車学校で検証。
田中さんは座席の調整に戸惑い、エンジンの始動の仕方もわからなかった。
ドライバーだった可能性が低いことがわかり、つづいて過去を探っていく。
歯科医師の笠原典夫により左利きを矯正された可能性が高いこと、年齢は40~60代、
接客業をしていた可能性があることが判明した。


つづいて臨床心理士の杉山崇がトビグラスを使い箱庭療法を実施。
杉山崇の心理分析は面倒見のいい一面があった、都会に住んでいて田舎に憧れがあった、辛い経験によって田舎へ逃避した。
そして田中さんの情報を呼びかけた。


梅沢富美男は言葉で青森の人ではない、温厚な人だと感じた、柴田理恵は穏やかな人とコメント。
名越康文は心因性健忘は脳に損傷がなく記憶喪失の状態、体の記憶は残ることが多いと解説した。
そして田中一さんの情報をおさらい。
取材で花王関連の仕事をしていた可能性などがあることが判明している。


田中一さんと会話。
田中さんはVTRを見てわからないことだらけ、花王で思い出すことはない、記憶が無くて困るのは出会った人との会話、東京は人が多い、人が多いところが苦手、今の仕事以外の選択肢はわからないなどと語った。


・「私はドコの誰なのか?」記憶喪失…推定52歳男性

静岡・浜松市の施設で暮らす石川正直(仮名)さんは記憶喪失、推定年齢52歳。
2017年2月14日、浜松市内の小学校のトイレで保護された石川さんは救急隊員に身元を尋ねられたが、記憶がないことに気づいたという。
神経科で診断を受け全生活史健忘と判明した。
石川さんは失われた記憶を取り戻したいと望んでいた。


一番最後の記憶は2017年1月始め横浜市の漫画喫茶で寝泊まり。
下旬に西に向かって歩き、浜松市内の小学校で保護された。
石川さんは横浜の漫画喫茶へ向かうことを決めた。
横浜駅周辺の漫画喫茶を訪れたが年始以前の記憶は思い出せなかった。
横浜の景色と記憶を照らし合わせ当時の記憶を思い出す石川さんは、朝8時頃横浜駅から電車でどこかに向かっていたという。当時の経路で横浜駅まで向かった。


石川さんは使っていた路線は東海道本線で大船駅が記憶に残っていると話したがそれ以上のことは思い出せなかった。
横浜と大船で石川さんを知る人物を探すが手がかりはなかった。
施設で石川さんは将棋を指していた。
神谷広志八段に協力を依頼し指し方の特徴から手がかりをつかむ。
対極が終了し神谷八段は石川さんの指し方は中原誠の戦術に似ていると指摘した。
また縁台将棋をしていたという石川さんは60歳近い可能性が出てきた。


さらなる手がかりを求め臨床心理士の杉山崇が石川さんに言語連想法を実施。
石川さんは20代後半に犬を飼っていた記憶を思い出した。


梅沢富美男、柴田理恵は少しずつ記憶が蘇ってきたとコメント。
よく似ている人物の写真が送られ出演者が確認した。
また石川さんについて姪と名乗る人物から電話がきた。

今年1月に保護された石川正直さんの情報がよせられた。
姪を名乗る女性と電話。
女性は写真を見て叔父だと思った、現在叔父と連絡が取れない状況で心配していた、犬を飼っていた記憶、趣味が将棋などで叔父と確信したなどと話した。

つづいて石川さんの姉を名乗る女性と電話。
連絡が取れないのは今年始め頃から、結婚はしていなかった、突然いなくなった、連絡が取れた場合は話がしたいなどと語った。

・記憶を失った23歳の青年 前回の放送で明らかとなった真実

前回の放送で紹介した記憶喪失の田中勇一さんは佐賀・唐津市の公園で保護された。
記憶の断片を蘇らせたのは電車。
田中さんは山陰地方にいたことを思い出した。
今年1月山陰本線に乗り益田駅で記憶の中の自販機を発見した。
しかしここで列車の記憶は途絶えた。
スタジオに出演した田中さんに同級生から電話があった。
その後身元確認の調査が行われ、愛知県出身の森さんと判明した。
記憶を捜し愛知へ。


・神経内科医が警告する病 記憶を失くした原因に迫る!

前回の放送後、神経内科医からメールが届いた。
医師は記憶を失くした23歳の男性はウェルニッケ脳症である可能性を示した。
大分大学医学部附属病院で検査。彼は左右で感覚の度合いが違った。
検査の結果、脳の異常は見られなかった。
麻生助教は今後の経過をみて必要な時に検査をすることが大事だと話した。


・放送後に判明した本名・過去 記憶喪失の青年に大きな転機が!

前回の放送後、記憶喪失の男性が父親と5年ぶりに再会した。
彼は実家に戻らず自立したいと話し、田中勇一として暮らしていくと決意した。
施設にきて5年間やったことのない農作業を始め、過去をたどり自分と向き合うことにした。

さらに彼の脳に大きな変化が起きた。

・失った記憶を取り戻したい!過去の自分と向き合う旅へ

5年ぶりに父と再会した田中勇一さんは故郷の記憶が戻り始めていた。
つらい過去と向き合うことを決意し故郷を訪れることを決めた。

5年ぶりに故郷の愛知県にやってきた田中さんは名古屋駅の風景を見て記憶を呼び覚ます。


まず教会へ。
記憶を辿り教会の中へ入る。
大聖堂は5年前に先輩に誘われて来た場所。
ここに来たのは1回だけだという。先輩の名前は思い出せなかった。


つづいてその女性の先輩と出会った大学に向かう。

先輩と出会った場所を訪れ、食事をした学食を発見、芝生で先輩と出会った時のことを話した。
その夏、彼は実家を飛び出し九州に向かった。

田中さんは必死に自分が生きた証を探していた。

柴田理恵は女性の先輩となにかあったのか、梅沢富美男は教会が強烈な印象を残していると話した。
田中勇一さんと会話。
田中さんはVTRを見てこれも自分なのかと思った、名越康文は田中さんは雄弁に解説をしてくれていたと話した。

また田中さんは少し希望が持てるようになったと語った。

・石川正直さんご本人と実の姉を名乗る方と生電話中

記憶喪失の石川正直さんと生電話。
姉を名乗る人物からの連絡にはピンとこなかった、まだ記憶は出てこないなどと話した。
また姉を名乗る人物に再度連絡、喋り方は弟そのもの、テレビを通じて元気な姿を見られてうれしいとコメント。
石川さんは姉の声もあまりわからないなどと語り、姉を名乗る女性と会話をすることになった。


・失った記憶を取り戻す旅へ駅に残る過去の思い出とは?

田中勇一さんの記憶を辿る旅2日目。
生まれた街へ向かう。
最寄り駅で過去の記憶を探った。
田中さんは電車を見て、遠くへ行きたいと考えていたことを思い出した。

さらに名古屋鉄道の線路を見つめた。
そして大好きだった記憶のあるレストランへ。

田中さんは明らかに様子がおかしくなりつつも料理を注文。
思い出のカレーを食べた。

・少年時代の思い出のレストラン 記憶喪失の青年を知る人物が…

田中勇一さんの記憶を辿る旅2日目。
大好きだった記憶のあるレストランへ。
田中さんは10年くらい前のイベントを覚えていた。

また店員は彼のことを覚えていた。
スタッフは中学の同級生の女性と会うことを提案。
そして同級生と対面した。

同級生は中学の卒業アルバムを見せ、田中さんは校歌まで思い出した。
少年時代の記憶の扉が初めて開いた。

・失った記憶を取り戻す旅 高校の思い出の図書室へ

田中勇一さんの記憶を辿る旅3日目。
卒業した高校を訪れ、思い出の図書室へ。
田中さんは女子と挨拶をしたことなどを思い出した。
そこに当時の彼を知る人物が訪れたが田中さんはまったく気づかなかった。

・失った記憶を取り戻す旅 ついに恩師と感動の再会

田中勇一さんの記憶を辿る旅3日目。
卒業した高校の図書室で図書の先生と再会。
田中さんは当時撮った写真を見た。

先生は図書室に来たいと言ってくれて嬉しかったと伝えた。
田中さんは覚えてくれている人がいてよかった、
ここに来れてよかった、またいつか戻りたいと話した。

・「私はドコの誰なのか?」記憶喪失…情報を求む!

田中勇一さんのVTRを見て、図書の先生に再会できてよかったなどと話した。
つづいて田中一さんの情報。
共に働いていたという男性から本名の情報が伝えられた。


・田中一さんの情報について元同僚と名乗る方と生電話中

田中一さんと共に働いていたという男性と電話。
15年ほど前に青森市内で働いていた、仕事は寝具の販売、いなくなった時に失踪届を出したという。

名越康文は記憶を失くしたことに理由がある、本人は上手く答えられないことに落ち込むことがあるなどと説明し会話を許可した。

そして男性は田中さんに同じ布団屋で働いていたなどと話し当時の名前で呼びかけた。